故郷(魯迅)の全授業
中学校3年生の国語の定番である「故郷(魯迅)の授業記録。生徒の感想を生かしながら、言葉にこだわった授業展開をした。

場面毎に「思ったこと」「わかること」「分からない」ことを書かせ、生徒の反応に沿いながら授業を進めた。 文中の言葉にこだわった授業である。
1 帰郷の場面(起承転結の「起」)
魯迅が「中国近代文学の父」と呼ばれていたこと・明治から昭和にかけての作家であることを確認する。
全文通読(CD視聴)後、冒頭部分をノートに書き写す。
◆厳しい寒さの中を、二千里の果てから別れて二十年もなる故郷へわたしは帰った。
この部分を読んで「わかること」をノートに箇条書きしなさい。
・季節は冬 ・暗いイメージ ・「わたし」は、それまで二十年も故郷を離れていた。 ・主人公は「わたし」
この部分を読んで「わからないこと」をノートに箇条書きしなさい。
・「わたし」は今何歳か ・いつの話か ・故郷とはどこか
・どこから故郷へ帰ってくるのか ・故郷を離れてどこにいたか ・故郷を離れて何をしていたか。
帰郷した「わたし」の心境は、どう表現されていますか。
「寂寥の感」「こんなふうではなかった」「こんなふうかもしれない」「もっとずっとよかった」
「こんなふう」の「こんな」は、どの部分を指していますか。
次の箇所が指摘される。
わびしい村々が、いささかの活気もなく、あちこちに横たわっていた。
故郷に帰ることを「帰郷」と言いますね。では、「わたし」は何のために帰郷したのですか。
・引っ越しの準備をするため
・故郷へ別れを告げに来た
などが出る。
決定的な部分を探すように言うと次の箇所が指摘される。
板書し、ノートにも書かせる。
「住み慣れた家を明け渡し、異郷の地へ引っ越すことになった」ため。
引っ越すことになった理由ははっきりしませんが、持ち家を明け渡すことになった理由は想像できます。証拠はどこですか。
「屋根には一面に枯れ草のやれ茎が、おり風になびいて・・・」
この文から、家の手入れができなくなるほど、お金に余裕がなくなっていることが分かる。
2 ルントウの回想場面(起承転結の「承」1)
ルントウとの思い出の場面を読み、感じたこと・思ったことを自由に書きなさい。
(ある生徒のノート)
ルントウが大切な友達と分かるのは、「彼の名が出たので~わたしはやっと美しい故郷を見た思いがした」ってところからわかるような気がします。
あと、電光のようによみがえったって書いてあるから、きっととても思い出深いんだと思います。
そして、早く会いたいという気持ちも含まれていると思います。
やっぱり、人って言うのは、自分がもってないことにひかれるんでしょうか?そんな気がしてきました。
この場合は「わたし」がルントウの経験や考え方を大きく超えていたことにひかれたんだと思います。
そんな友達に出会えてこの二人はとてもよかったと思います。
ルントウとの思い出の場面が18ページ中5ページ。1/4以上もあります。その理由を「それだけ・・・だから」という形で書きなさい。
・それだけ詳しく覚えているから。
・それだけ大切な思い出だから。
・それだけルントウが好きだったから
・それだけたくさんの思い出があったから。
・それだけルントウからたくさんの事を教わったから
ルントウからたくさんのことを教わった、という意見がありました。
「たくさん物を知っている」ことを本文では何と表現していますか。
「神秘の宝庫」
・・・・これは、ルントウのプラスイメージを代表する表現ですね。
「ルントウとの思い出」=「美しい故郷の思い出」と板書する。
この回想場面を読んで「わかること」をノートに箇条書きしなさい。
・ルントウがとても物知りなこと
・ルントウが父親に愛されていたこと
・「わたし」とルントウがとても仲がよかったこと
・ルントウと知り合ったきっっかけ・時期・年齢
・ルントウが会っているときの「わたし」の心境
・ルントウの身分・性格・格好・遊び方
・ルントウと「わたし」の関係
3 ヤンおばさんの場面(起承転結の「承」2)
ヤンおばさんの場面を読んで、感想・疑問などを自由に書きなさい
(ある生徒のノート)
ヤンおばさんは、昔は「豆腐屋小町」とよばれていて、とてもきれいだったみたいだけど、読んでいると今では昔の姿は想像できないくらい外見が変わってしまったみたいです。
しかも、ヤンおばさんは外見だけではなく、内面的にも大きく変わっているのが分かりました。
昔の性格がどういうふうなのかはよく分からないけど、たぶんおっとりとしていたような気がします。
内面的に変わってしまったのは、生活的にゆうふくでなくなってしまい、そのせいで「行きがけの駄賃に母の手袋をズボンの下へねじこんで」盗みをするようになってしまったみたいです。
お金のせいでこんなに人が変わってしまうんですね。もう、人のことをほめるとかそういうことができなくなってしまっているように思います。
人の悪い所しか見えなくなって。
みんなにも冷たくされて。そこに追い打ちをかけて、シュンちゃんが忘れてしまっていて、みじめになってしまったところから、こんなに皮肉なことを言ってしまったんだと思いました。
この部分を読んで「わかること」をノートに箇条書きしなさい。
ヤンおばさんの性格・容姿・昔の様子・今の生活
なぜ、ヤンおばさんは、こんな嫌な性格になってしまったのでしょう。
自分の言葉でまとめてみましょう。
・貧乏になって盗みばっかりしているうちに、「なんで自分だけが」と思うようになってひねくれてしまったから。
・生活が苦しいから。
・年をとってしまったから → 容姿が衰えたから
・みんなが注目してくれないから
・豆腐屋がはやらないから?
故郷は変わり果ててしまった。そこに住むヤンおばさんも変わり果ててしまった。
ダブルパンチのような状況だからこそ、幼なじみのルントウへの期待がますます膨らんでいく。
そしてルントウだけは変わっていて欲しくないという思いが強ければ強いほど、実際の再会場面での衝撃が大きくなるという仕組みになっている。
(もちろん、生徒には、このような説明はしない)
4 ルントウとの再会場面(起承転結の「転」)
ルントウとの再会場面を読んで、感想・疑問などを自由に書きなさい。
(ある生徒のノート)
前に書いてあることから、私はルントウにとても会いたがっているのが分かったんだけど、ここでやっとルントウに会えたのに、案の定、故郷と同じように変わってしまったルントウを見て、うれしいんだけど、何とも言えない悲しい気持ちがこみあげていたと思います。
それで、言いたいことがなかなか言えなかったんだと思います。
私はルントウに思いがけない言葉「だんな様・・」と言われて身震いしたらしかった。と書いてあるところから全く思ってもみなかったことを言われて、外見だけではなく内面も変わってしまい昔の仲にはもどれないということを身にしみて感じたんだと思います。
「ルントウは昔とすごく変わった」という感想が多かったね。
では昔と今のルントウの様子を比べてみよう
表の形にしてまとめていく
【昔(30年前) 】
血色のいい丸々した手
つやのいい丸顔
兄弟みたいな仲
神秘の宝庫
元気よく遊んでいた
「シュンちゃん」
小さな毛織りの帽子
銀の首輪
鳥を捕る・貝殻を拾う・すいかの話
貝殻や美しい鳥の羽をくれた
【現在】
太い節くれだったひび割れた松の幹のような手
黄ばんだ色・深いしわ・目の周りが赤く・・
他人行儀・悲しむべき厚い壁
でくのぼうみたいな人間
「だんな様」
古ぼけた毛織りの帽子
薄手の綿入れ一枚
子だくさん・凶作・税金・匪賊の話
青豆の干したものをくれた
・・・ 決してスムーズに表の形で埋まるわけではない。
「昔が『シュンちゃん』なら、今はどんな言葉が入りますか?」のように確認し、ペアを作るようにして埋めていった。
この対比表現によって印象づけられるのは何ですか
・「昔のルントウのよさ」と、「今のルントウのひどさ」
・「美しい思い出」と、「厳しい現実」
昔の思い出の良さが目立てば目立つほど、今のひどさが強調されるというのが、対比の効果です。
二人の心の動きを表にしてまとめましょう。
【わたし】
思わずあっと
急いで立ち上がって
感激で胸がいっぱい
どう口を開いたものやら
口からは出なかった
身震いしたらしかった
悲しむべき壁
口が開けなかった
彼の境遇を思ってため息をついた
【ルントウ】
突っ立ったままだった
喜びと寂しさの色
唇が動いた
うやうやしい態度
「だんな様」
うれしくてたまりません
2つの表をまとめてみて、気づいたこと・分かったことを書きなさい。
(ある生徒のノート)
ルントウの場面を詳しく見る前に書いた感想は間違っていました。
わたしはルントウの外見が変わってしまって悲しんでいるというようなことを書いたけど、よく読んでみると「胸はいっぱいになり」と書いてあったので、外見では別に悲しんでいないということに気づきました。
この生徒の感想を受け、2つの点を全体で確認した。
★「わたし」がルントウにショックを受けたのはどこですか。
・「だんな様」と言われたところ
→外見が変わってしまったことは別に悲しんでいないことを確認。
★「ルントウが『だんな様』という時の心境は?
・「喜びと寂しさ」
→ルントウも本当は「だんな様」とは言いたくなかったことを確認
故郷は変わり果てて、幼なじみのルントウまでもがすっかり変わり果てていた。
もはや故郷への未練はすっかりなくなり、故郷を離れることになるという仕組みになっている。
ただし、単なる離郷ではない。次世代との重なり・未来への期待と新たな展望をもたせている。
(という解釈は生徒には提示していない)
4 故郷を離れる場面(起承転結の「結」)
「わたし」が故郷を離れる場面を読んで、感想・疑問などを自由に書きなさい。
・シュイションを連れてこなかったのはなぜか?
・なぜ少しくらい話をしなかったのか?
・わたしもわたしの母も、はっと胸をつかれたとは?
・「ホンルとシュイション」も自分たちと同じ道を歩くことになるのか?
・「希望も手製の偶像に・・」はどういう意味か?
シュイションを連れてこなかったのはなぜですか。
たくさん理由を考えよう。(「から」で答えるように)
・シュイションが役に立たないから
・シュイションは世間に出さないからおどおどしていて船の番はできないと思ったから
・シュイションは他の仕事をしているから?
・シュイションを連れてくるとホンルと別れたがらないから。
なぜ「私」は、ルントウと少ししか話をしなかったのですか。
たくさん理由を考えよう。(「から」で答えるように)
・何を話せばいいか分からなかったから。
・自分は話しかけようと思ったけど、ルントウの方が変に意識して避けていたから?
・「悲しむべき厚い壁」があって気まずかったから。
・話しても、もう楽しい話にはならないから。
・ルントウに対して未練がなくなったから。
わたしもわたしの母も、はっと胸をつかれたのはなぜですか(「から」で答えるように)
・わたしとルントウみたいに、同じ悲しいことが繰り返されるのではないかと思ったから。
・「ホンルとシュイション」の関係が、昔の「わたしとルントウ」と同じだから。
「ホンルとシュイション」は、大きくなったら「わたしとルントウ」のような悲しい思いをするのでしょうか。
「する」「しない」を決めて、理由をノートに書きなさい。
・しない。「遊びに来い」と言われても、もう行くことはないから。
・しない。二度と故郷には戻らないから(家を売り払ってしまったから)。
・しないというか、してほしくない。「せめて彼らだけは新しい生活を・・・」と書いてあるから。
大人は二度と故郷に帰るつもりはないのに、子どもは再会するつもりでいることを知って「はっと」したのですね。
「せめて彼らだけは新しい生活を」という希望が書いてあります。
逆にどんな生活をしてほしくないと書いてありますか。
①わたしのように 魂をすり減らす生活
②ルントウのように心が麻痺する生活
③他の人のように野放図に走る生活
・・・「他の人」って例えば誰のことですか、を問うて「ヤンおばさん」が野放図な生き方であることを確認。
「せめて彼らだけは新しい生活を」という希望は「手製の偶像にすぎない」と書いてあります。
「偶像崇拝」というのは仏像やお守りなどの「物」に頼って願いをかなえるという意味です。
ルントウは祭具に頼って希望をかなえようとしていましたね。
言い換えれば、「他力本願」ということです。反対は「自力本願」です。
板書 わたしの希望=偶像崇拝(他力本願)=自分1人では実現しない
板書 希望とは地上の道=歩く人が多くなれば道になる
=( )人が多くなれば( )する。
質問 ( )にはどんな言葉が入りますか
(希望する)人が多くなれば(実現)する。
(挑戦する)人が多くなれば(成功)する。
当時の中国は混乱していました。
中国が生まれ変わるよう希望を持ち続けよう、と読者に呼びかけているんですね。
魯迅は作家でしたが、当時の中国の改革を進めるリーダーの役割を果たしていたのです。