山城vs平城どちらがよいか~安土城は信長の知恵の結晶だった~
山城と平城どちらがよいかを検討しながら、織田信長の先見性に気づかせる授業である。私は鉄砲の伝来や長篠の戦、織田信長について一通り学習した後に行ったが、信長について学ぶ導入として利用することも可能である。

山城のイラストを表示する。
山の上にある城を山城といいます。
次に平城のイラストを表示する。
平地にある城を平城といいます。
以上のように定義した。実際には平山城など分類が難しいものも多いが、授業では扱わない。
もしみなさんが戦国大名で、1つだけ城を作るとしたら、山城を作りますか、それとも平城を作りますか。
どちらか選んで、ノートに書きなさい。書けた人は、理由も書くのですよ。
以下のように板書する。
( )城がいい。理由は・・・・
5分ほど時間をおいて、指名なし発表させる。
「山城がいいです。理由は敵が来た時に守りやすいからです」
「平城がいいです。理由は、いちいち登ったり下りたりするのが大変だからです。」
可能なら指名なし討論に挑戦するとよい。
「このクラスの人はみな、同じ国の武士だとします。この国で1つ城を作るとしたらどちらがよいか、話し合って結論を出しなさい」
このように指示すると、結構盛り上がる。
「やっぱり山城の方がいいです。城の一番の目的は敵から身を守ることなのだから、防御力を優先させるべきです」
「でも何かあった時は、出動するのに時間がかかります。平城の方がいいです」
「私も平城の方がいいです。この時代も敵の情報とかはとても重要だと思いますが、平地の方が情報の収集も早いからです」
「戦国大名は、生きるか死ぬかの戦いをしています。一度でも戦いに負けたら、一族が滅んでしまうかもしれません。普段は平地に住んでいてもいいのですが、城だけはいざという時のために山に作った方がよいと思います。どうですか?」
要するに、防御力では山城、生活面では平城が優れているのだ。
では、実際の城は、どちらが多いのでしょうか。
「見てみましょう」
そう言って、グーグルアースを起動する。
「皇居です。昔は江戸城でした」
斜めから立体的にズームする。石垣の跡が 残っている。
「山城ですか、平城ですか」
「平城です」
斜めの角度を維持したまま180度ほどぐるっと回すと、周囲の様子がよくわかる。
同じように幾つか見せる。
「大阪城です。山城ですか、平城ですか」
「平城です」
「名古屋城です。山城ですか、平城ですか」
「平城です」
「姫路城です。山城ですか、平城ですか」
「平城です」
「小田原城です。山城ですか、平城ですか」
「平城です」
「愛媛の松山城です。山城ですか、平城ですか」
「山城?」
「これは山の上にありますね。丘みたいですけど」
備中松山城です。山城ですか、平城ですか」
「山城です」
「これは完璧に山城ですね。こんなに山の上にあります」
「岐阜城です。山城ですか、平城ですか」
「山城です」
「どちらもありますが、平城の方がたくさん残っていますね」
昔は城と言えば山城でした。でも時代が新しくなると、圧倒的に平城の方が多くなります。平城でも十分、守れるようになったからです。
どうやって守っていたのでしょうか。
「ヒントはこれです」
と言って、狭間(さま)という小窓の写真を見せる。城の壁には多くの狭間がある。
「鉄砲だ!」
「その通り。鉄砲が戦国時代を大きく変えました。」
その鉄砲を使って、天下統一に大きく近づいた戦国大名は誰でしたか。
「織田信長」
「長篠の戦では3000丁の鉄砲で、武田の騎馬軍団を倒したと言われています。」
その鉄砲はいつ、どこに伝わったのでしたか?
「1543年、種子島です」
「その通り。ポルトガル人によって伝えられました。2丁を2000両、今のお金で1億~2億円ほどの値段で購入したと言われています。
日本の優秀な鍛冶屋がすぐに国産の鉄砲を作るようになるのですが、長篠の戦の頃でも1丁50万円ほどはしたと言われています。
3000丁そろえるためには、なんと15億円必要なのです」
※この辺の数字は諸説あるが、今回はこの数字を使って行った。
信長はなぜ、こんなにたくさんお金を持っていたのでしょうか。
「楽市楽座だ!」
信長は商工業の発展にも力を入れたことが知られている。
平地に安土城を築き、その城下町で楽市楽座を行ったことは、鉄砲などの購入に多額の資金が必要だったからなのかもしれない。